いくら空手が強くても、物陰からピストルで撃たれたらおしまいだ。 そういう目にあわない人格を作ることが鍛錬の目的なのだ


「いくら空手が強くても、物陰からピストルで撃たれたらおしまいだ。 そういう目にあわない人格を作ることが鍛錬の目的なのだ」


これは、和道流空手道連盟最高師範 大塚博紀先生の言葉です。


よく空手をしていると、どのくらい強いの?

ケンカしたことある?

と聞かれます。


私自身、ほとんどケンカというケンカをしたことがありません。


大塚先生が言うように、

空手でいくら体を鍛えてケンカが強くなったとしても、

ピストルや武器を持たれればおしまいです。


しかし、人格を作り上げていくことで、

そもそも争いごとをする必要がなくなります。


心が弱い人であれば、自分より力の弱い人をいじめたりしてしまいます。

そうすると、怨みを自ら呼び寄せてしまいます。


単に体が強く、心が伴っていなければ、それは暴力に過ぎません。

自ら争いごとを呼び寄せてしまいます。

つまり、武道での最終目標は、

相手に勝つことでありません。


争いごとを呼び寄せることなく、

和を大切にすることができる人間形成こそが最大の目的なのです。


柔道の金メダリストさえも、不祥事を起こして逮捕されました。


オリンピックで金メダルをとるほどに技術は向上したにも関わらず、

心が伴っていなかったのです。


心を疎かにして、強さや勝敗を目的にしてしまうととんでもないことになってしまいます。

また、本来武道は、オリンピックの柔道選手のようにガッツポーズをしてはいけません。

それは、負けた相手の悔しさ、悲しさを受け入れる心が武道には必要だからです。

それがなければまた、争いを呼び寄せる原因となってしまいます。


「武」という字は、「弋(ほこ)」を「止める」と書きます。

つまり、争いをなくすことこそが本来の武道です。


おへそ保育園や、キッズ空手教室で、空手道を行っている意味は、「人間形成」です。

だから、男の子だからとか、女の子だからというのは武道には関係ありません。


「体を強く、心をやさしく」

引き続き、空手道を通じて、子どもたちと心と体の鍛錬に励みます。


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●先日、6月26日に大塚博紀先生は逝去されました。

幼い頃からたくさんの学びをいただきましたので、悲しみでいっぱいです。

感謝と追悼の意味を込めて以前書いた記事を再度UPさせていただきました。

今頃、私の恩師とも募る話をしていることと思います。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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