「指摘」の前の「問い」を大切に

子育て、保育、教育、何にせよ、人を育むことを行う際にとても注意したいことがあります。


親と子、先生と生徒の関係において、注意をしておいても、子どもや生徒からすれば、「強い者から弱い者への指導」という感覚を持ってしまうことを忘れてはならない、ということです。


子どもたちに「指摘」や「指導」をする際に、子どもの言動に対し、すぐさま反応せず、「なぜ、この子はこのような言葉や行動を取るのだろう」という「問い」を自分に投げかけることは大切です。


親や先生が言うことが常に正解で、子どもが行っていることが不正解であるとは限りません。大人も時に間違うことも忘れてはいけません。


例えば、以前、給食のバイキング(自分でご飯やお味噌汁をつぐ)を待っている子どもたちに「静かに待つんだよ」という言葉を投げかけてくれた保育者がいました。遊んだりして待っていると、コケてしまったり、友達にぶつかってしまう危険性を感じ、指摘をしてくれたようです。


保育者の言葉は間違っていないと思いますし、必要な指摘だったかもしれません。でも、子どもたちは「今日のご飯はなんだろうね~」とワクワクしてお話していたかもしれませんし、「美味しそうな匂い~」と給食を心待ちにしていて湧き出た言葉だったかもしれません。


私がどこかにご飯を食べにいけば、「うわ~このお肉美味しそう!」とか、「うわ~これで〇〇円、安い~」など、待ち遠しいものは目の前にあればあるほど、ワクワクしていても立ってもいられなくなります。


「静かにして待つ」

という言葉には、受け取り方がたくさんあります。


その言葉で「遊んだりして待っていると、コケてしまったり、友達にぶつかってしまう危険性を感じた。」という意図が伝わっているか。ということを自身に「問い」かけることが大切だと思います。


「静かにして待ちなさい」というのが、「感情さえも抑えなければいけない」ということではないはずです。


相手に自分の言葉がどのように伝わり、相手をどんな環繞にさせ、相手がどのように受け取り行動しているのかをじっと見てあげて、自身の言葉が、その子を本当によりよい方向に導いたのか、一言一言の「言葉」を磨き続けることが大切でしょう。


そのくらい、「言葉」というものには責任があり、相手に投げかけたものは帰ってこないものだと強く認識する必要があると思います。「指摘」や「指導」をする前に、「今は私が言わんとしている言葉は相手に投げかける必要があるのか、最善の言葉であろうか」と自身に問いかけることを当園では大切にしていきたいと思います。


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