「子どもに敬意を払う」

今の年長さんは2歳頃から空手をはじめているので、約4年間は週1~2回の稽古を続けています。

 技術の上達はもちろん、空手の稽古になれば、目の色を変え、普段は見せないような集中力を見せてくれます。 週に1回の稽古を続けることでも難しいのに、4年間もの間、鍛錬を続けています。 週1回のスポーツを4年間続けることがどれだけ大変かおわかりになるでしょうか。 もちろん指導者として、楽しく稽古できるように創意工夫をしていくのですが、それに応えてくれる子どもたちを心から尊敬しています。 「素晴らしいな」と心から思います。


 だけれども、普段はおへそ一番のギャングたちなので、悪賢いことはもちろん、先生を困らせることも時にはあります。 だけれども、その姿はその子たちのごくごく一部に過ぎません。 稽古に集中する力、腹の底から声を出せる力、相手を重んじてガッツポーズをしない姿勢・・・そういう姿を目の当たりにしているので、その一見悪い部分に見られるようなことは正直気にもなりません。 その子たちの背景をすべてを知っていると許せることばかりです。 


 でも、大人というのは「短所」や「悪いところ」を見つける達人なので、一部を見て、その子たちのすべてを判断してしまいます。 99%素晴らしくても1%を見て、子どもを判断してしまいます。 


「それは社会に出れば学ぶべきこと」と言われそうですが、保育園という場所は「生活の場」ですから、気が緩むこともあるでしょう。 おへその子どもたちからすれば、空手の稽古が社会の練習ですから、そこでは素晴らしい姿を見せています。 大人も職場の姿と、家の中で過ごしている姿は全く違うものでしょう。 いつも真面目にというわけには誰でもいかないわけです。


 何を言わんとしているのかと言えば、子どもたちにはもっと敬意を払い、良いところを見てあげるべきだということです。 良いところを見てくれる大人、敬意を払ってくれる大人、真剣に向き合う大人には、子どもたちもそれに応えてくれる。こちらの良いところも見てくれるし、敬意も払って、言葉も丁寧に選んでくれるようになります。 こちらが愛を持って子どもに接すれば、子どもも愛を持って行動してくれるようになります。 


 短所を見つけて、指摘して、尊敬されず、子どもに反抗され、それに対して子どもに対抗し、大人げない姿を子どもに見せつけて、どうして子どもたちはその人の言うことを聞くようになるでしょうか。 


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