「間接教育」

「間接教育」 倉橋惣三氏は、保育者の仕事というのは「直接的に幼児を保育する」より「園芸主任の仕事=間接的に幼児を保育する」と定義されました。


 間接的に幼児を保育する、というのはどういうことでしょう。  


教育・保育要領には、「環境を通して行う教育・保育」と表現されています。 

保育者が子どもの周囲に豊かな環境を用意し、その環境の子ども自身が自発的、能動的に働きかけて、子ども自らの成長、発達を促す教育・保育のあり方です。 

子どもに関わらず、間接的な促しはとても重要になるように思います。 


例えば、「あなた、やせた方がいいよ」と言われても相手は腹を立てるだけですが、テレビや雑誌の中で「こうしたらやせる!」という記事を主体的に見つけることによって、スムーズに学びを吸収し、行動できる場合もあります。  「雪って冷たくてフワフワしているよ」と100回言おうとも、1回雪を触る体験を与えることのようがよっぽど相手に伝わります。


 子育てをしていても、「子どもは親の言う通りに育つ、のではなく、親のやる通りに育つ」という言葉がグサリと刺さることが往々にしてあります。 いくら、子どもを教育しようとしても、一番近くにいる人間がどういう行動をしているか、という環境によって子どもは育っていくようです。  


環境を3つに分けるとすれば、「もの」「こと」「ひと」。  

子どもたちの環境において「もの」が充実していること。 物は、遊びを発展させ、想像力をかき立てていきます。 体育館にボールがあるだけで、子どもたちはその「もの」を通じて、どんどん遊びを発展させていきます。しかし、時には、「ものがない」ということが子どもの遊びが多様に広がる場合もありますので、「ないというもの」も一つの環境と呼べるかもしれません。 


「こと」は、できごと、体験を通じて学ぶこと。 

最後の「ひと」が一番重要でしょう。 


私たち大人の行動がそのまま子どもたちに映し鏡のように、伝承されていきます。 

直接的な言葉で子どもにいくら正論をかざそうとも、子どもたちはビクとも動きません。 

環境が変わると、子どもが全く変わっていきます。 

直接的な指導ではないのだけれど、子どもに関わる「もの」「こと」「ひと」を変えることで、子どもの考え、行動が変化し、主体的に学び、成長していきます。 


言い出すとキリがないのですが、直接的な指導も、その人間を通して、子どもたちが何を感じ、どう学ぶのか、という視点から見れば、人が学ぶ、成長することにおいて、「直接的」というのはひとつもあり得ないのかもしれません。 常に直接的な指導の中に、間接的な要因が加わって、子どもたちに伝わっていきます。 


ということを考えると、やはり、常に子どもたちを「どう育てるか」という考えよりも「どう育つ環境を整えるか」という考えの方が優先すべきであるように思います。


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