「進学率の上昇」と「学校の意味の変化」

アメリカの社会学者M.トロウ氏は、中等教育への進学率の量的拡大が質的な変化をもたらすことを指摘しました。


学校への進学率が15%程度の場合、進学者は少数であるために彼らはエリートとなる。


進学率が15%~50%までの場合、進学する生徒はもはやエリートとは言えず、学校教育の内容よりも大衆化したものにならざるを得ない。


さらに、進学率が50%を超える、進学動機は「行きたい」から「行かなければならない」へと変化する、という。


多くの人が行くにもかかわらず自分だけ行かないことは、マイノリティ(少数派)であるとを意味します。ということは同時に、不本意入学(進学)も増加していく。また、そのためにこの段階になると、生徒の多様化から、教育内容や指導について新しい工夫が必要となってくる。


日本の学校教育においても、完全にM.トロウ氏のご指摘の通り、不本意な入学、進学も増加しているのではないでしょうか。


アメリカの社会学者M.トロウ氏の指摘は、「WANT TO」が「HAVE TO」に変わってしまうことへの懸念とも言えると思います。


本来、したい、学びたい、学校に行きたいというのが人間本来の欲求だとしても、それが当たり前になってしまうと、「行かなければならない存在」となり、「欲求」よりも「ねばらない」が勝ってしまい、本来の意味を見失ってしまう、ということでしょう。


大学を卒業し、就職する時になって「何をしたいのか分からない」と思う学生が多いと聞くのもこういうことが要因でしょう。


何か目的を持って進学するというよりも、行かなければならないという思いで進学する。

その結果、「何の目的なのか」という問いを疎かにしてしまう。


それは、学校、学び、仕事、人生においてももしかすると同じ現象が起きているかもしれません。

若者の自殺は増加するばかりです。日本は自殺大国といわれています。2012年の自殺率(人口10万人あたりの自殺者数)は23.1で、172カ国で9位です。先進国の中ではダントツです。


こういう時代だからこそ、「学校に行く意味」「学ぶ意味」「生きる意味」を問う習慣をつけることは大切なことであろうと思います。

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