「一人一人の発達支援」=「保育」

空手の練習をする際に、筋肉トレーニングが必要な人、突きの練習を強化した方がいい人、 蹴りの練習を強化した方がいい人など、一人一人に合った課題を踏まえて練習メニューを準備することで効果がより上がります。 

一斉的に行う練習も互いを高め合うために必要な場面もありますが、やはり、少人数で一人一人に合った指導、練習を行うことは重要です。  


しかし、必ずしも保育現場がそういう感覚を持って保育を行っているかと考えるとまだまだ個別的に発達を促すことは不足しているように思います。 


例えば、「箸の持ち方がうまくできない子」がいた時に、「こうして持つんだよ」というその場での言葉がけはあっても、 「箸をうまく持つための練習メニュー」を保育者が考え、計画的に箸の持ち方を教えるというところまでの実践を行っていることは少ないように思います。 

 「はみがき」でも同じことが言えて、「はみがきをしなさい」とは伝えるけれど、どの部分をどの位磨けば良いのか、どこから順番に磨いた方が良いのか等の実践までのプロセスを教えられることも少ないのではないでしょうか。 

例を出すとキリがないのですが、「成長しなさい」と言われても、「成長するための練習メニュー」を準備するか、「成長するために自分自身が練習メニューを考えるか」のどちらかが存在しなければ、 成長につながらない、ということと同じです。  


非定型発達の子どもであれ、定型発達の子どもであれ、それは同じことです。 

大人の私たちでも、仕事にしても何にしても、苦手な所は、失敗を繰り返すけれども何度も練習して達成しようとします。 


一人一人、できることと、できないことがあります。

 英語で「障がい」のことを「Disability」と言います。 

日本では「障がい」と聞くと、治ることのないもの。 と感覚的に捉えてしまいがちですが、英語を直訳すると[dis][ability]なので「できないこと」です。 そう考えると、 障がい者ではなく、「できないことがある人」です。 


自分自身においても「できないこと」なんてごまんとあるわけです。 

「できないこと」「苦手なこと」を少しずつ「できる」に変えていき、「得意」を伸ばしていくこと。 それが、一人一人の発達教育であり、保育であると、最近になって強く思っています。 


具体的な実践につなげるために、日々の保育環境を再度構築し直していきたいと思います。

 

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