■友人の国と戦争したい? 「自分は日本人の代表」■  

本日の佐賀新聞に留学時代のインタビュー記事が掲載されています。

お時間ある方は、ご覧いただければと思います。 


■友人の国と戦争したい? 「自分は日本人の代表」■   


「枠が余っているから行ってみないか」。佐賀県の公立高校に通っていた2年の時、吉村直記(31)は地元のロータリークラブの知り合いから交換留学の誘いを受け、何となく手を上げていた。  

行き先は米国国境にほど近いメキシコの町ティファナ。空気は乾燥し、車が通る度に土ぼこりがまき上がる。信号待ちの車にストリートチルドレンが群がり、窓ふきをしては小銭を稼いでいた。  


ホストファミリーの母は厳しく、家ではスペイン語が基本だ。「私の息子と同じように役割を果たしてもらう」。庭の掃除や炊事、洗濯が自分の仕事になった。初めの2カ月はうまく意思疎通ができず、ひたすら単語を覚える日々。家と現地の高校を往復するだけだったが、言葉が分かるようになると友人も増えた。  


1カ月かけてメキシコ全土を回るバスツアーで、1人のブラジル人留学生と仲良くなった。名前はエセキエル・オーランディ。1歳年下だったが、細かな気配りができる日本人的な男だった。バスでは毎日隣の席に座り「将来は医者になりたい」「自分は先生に」と夢を語り合った。  


「日本人は消極的だと思っていたけど、直記は積極的で思い描いていた日本人像とは違った」と打ち明けられ、「そうか自分は今、日本人の代表なんだ」と気付いた。彼も「ラテン系で元気なブラジル人」というイメージとは異なり、冷静で思慮深い人物。付き合っていくうちに、紋切り型の先入観は吹き飛んだ。  


留学の最後に1年間の成果を報告する会があり、現地のロータリークラブの会長にエセキエルと2人で呼ばれた。「もし日本とブラジルの関係が険悪になったとしたら、直記はブラジルと戦争がしたいか」と問われた。  


もちろん戦争など嫌だが、理由を聞かれて口をついたのは「エセキエルがいるから」。友人の答えも全く同じだった。  相手のことを想像できるから、具体的な行動につなげることができる。会長は「それこそが交換留学をする真の理由なんだよ」と話してくれた。  


現地で伸ばしたひげはそのままに帰国すると、復学した高校では服装検査が待っていた。スカート丈を1センチ単位で測り、生徒を指導する教員。自分も「すぐにひげをそるように」と注意された。  一人一人の違いを大切にするメキシコとは正反対の光景。現地の高校にも制服はあったが、生徒は好きなマークを縫い付けたり、着崩したりしてごく自然に個性をアピールしていた。  


留学するまでさほど気にならなかった学校の日常は、自分の〝当たり前〟ではなくなっていた。「なぜ、違いを違いとして認められないのだろう」。その時感じた居心地の悪さは、今も鮮明に胸に残る。(敬称略)


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