沈黙の世界で「生きる意味」を求め続けた

「私の生きる意味」


私は長い間、生きる意味を探してきた 

なぜ、私は生まれてきたのだろう

なぜ、私はいまここで、病院の中で、静かに生きているのだろう


きっと、その答えはだれもわからない

いま、少しずつわかりはじめてきた


わたしはどんな姿だった

どんな不自由な体だった

ちゃんと言葉がある

ちゃんと心がある

そういうことを伝えにきたのかなあと最近思う


まだ、私は私の私らしさの旅に出る

新しい私を見つけるために

今日もまた旅に出る


溝呂木梨穂 作



生まれてすぐに脳に酸素が届かないという原因不明のトラブルに見舞われた溝呂木梨穂さん(現在24歳)は、生後わずか一ヶ月にして最重度の脳障がい児となりました。言葉を発すこと、ジェスチャーをすることもできず、ベットで寝たきりの状態でした。


しかし、それでも梨穂さんの中にちゃんと意思や思いがあることをひしひしと感じていた母 眞理さんは、何としても娘の言葉を引き出してあげたいという一心でした。

長年抱いていたその思いを叶えてくれたのは、國學院大學教授の柴田保之先生でした。柴田先生はこれまで「言葉を持たない」と思われてきた重度障がい者から言葉を引き出してこられた方でした。


独自に開発されたスイッチを通じて、パソコン画面に次々と打ち出されていく梨穂さんの言葉。

生まれてから一度たりとも言葉を発したことのない梨穂さん。19歳5ヶ月の沈黙から言葉が生み出された瞬間でした。


それからと言うもの梨穂さんはたくさんの詩を書いていきました。

母 眞理さんは言います。

世の中にはよき理解者に出会えることなく、心の中に言葉をため込んだままの障がい者が多く存在します。そして、何一つ自分のお思いを伝えれないままに亡くなっていった仲間もいる。いま、梨穂はそうした仲間たちのためにも詩を書き、重度の障がい者にも言葉があることを発信していこうとしているのです。


梨穂さんはずっと自分の生きる意味を求め続けていました。ベットの上でも、私とは何か、生きる意味とは何かを問い続けていました。


私たちも梨穂さんの生きる姿勢から学ぶことがあるように思います。



月刊誌「致知」11月号より一部抜粋・参照

0コメント

  • 1000 / 1000