自分の内からの動機か、外からの動機か。

「燃え尽き症候群の人が持つ目的は、外から与えられた目的で自分の内から出た目的ではない」というのは、燃え尽き症候群の命名者フロイデンバーガー。


人から認めてもらうことはとても嬉しいことです。認められたいために人は頑張ることができます。しかし、その認められることが目的なのか、その行動自体に目的があるのかによって、燃え尽きてしまったり、楽しく生きていくことができたりします。


楽しいことを楽しいと感じてよい環境で育てば、当たり前のように、自分が楽しいことに気づき、感じ、楽しいことに向かって努力ができるようになります。しかし、選択肢を与えられることなく、楽しいことに目を向けることができない環境で育てば、自分は何がしているときが楽しいのかも感じれなくなるかもしれません。


脳科学者の茂木健一郎氏がこんなことを言っています。

夏休みの本質は、ぼんやりすること、ほうけることだと思う。ふだんとは違うことをやって、ぼーっとする。そのことが夏休みの価値であって、学期と同じようなことをやるのは、夏休みの趣旨に反している。夏の間は、みーんみーん、ジリジリとぼんやりしていて、新学期とともに「はっ」とするのが良い。
そう考えると、夏休みの宿題というのは実に邪魔なものであって、そんなものは要らないと思うのである。思うに、あれは、子どもが遊んでいると不安だという保護者の気持ちと、学校の事なかれ主義が結託した、中途半端で意味のない悪弊であろう。夏休みの宿題を全廃することを主張するものである。


大変共感する意見です。親や大人が不安で、なんとなく宿題を出しておいた方が安心なので宿題を出す。宿題が安心材料となって親や大人は安心していることができる。でも、子どもが何を思って、何を考えて、何を求めているかは、子どもの時は分かっていたのに大人になると忘れているフリをしている。


大人で言えば、休みだけど、仕事をさせられて、上司が不安だからと残業をさせられて、「これはお前のためだ」と言われ、仕事の段取り不足や上司の指導不足によって仕事が遅れているのに、部下のせいにされているようなものかもしれません。


本人が望んで、それがやりたいのであれば話は別ですが、休みというのは、普段できない体験や、普段は感じない時間の流れを感じて、本人たちが興味関心を持っていることを意欲的に主体的に、内側からの強い動機によって、楽しむことがとても大切なことでしょう。

机の上に教科書をおいて勉強しているときだけが、学んでいるときではなく、自分が楽しいと感じることは何かと自然発生的に考え、それを実行に移し、その対象がなんでさえ、それに向かって夢中になって取り組んでいる状況がまさに主体的に学んでいるの時間です。大人も休みはいつもよりゆっくり過ごして、心に余裕が出てきて、映画や美術館でも言ってみようかなと自発的に起こした行動の先には学びがあって、仕事にも活きたりします。仕事だからと言って仕事ばかりで学ぼうとするのは偏りが出てきてしまいます。アイデアが会議室で出ないことと同じで、アイデアは日常の中の体験によってインスパイヤされて創出されることが多いのではないかと思います。


当園の職員が、「韓国に旅行に行ってきていいですか」とか、「新婚旅行に行ってきます」と言ってきたりしますが、それは大いに結構なことで、休みを通して、結果的に普段できないような体験をして結果的にその人の豊かさや学びに繋がっていて、子どもたちに伝える視点や体験を積み上げていることになります。そこに、休みにも仕事と同じことをやりなさい。学校と同じことをやりなさい。と言っていたのでは、意欲もなくなり、疲弊してしまいます。心に余裕もなくなってきます。


発展途上国と言われるような国の若者に、将来何をやりたいかと聞けば、「国の発展に尽くすこと」と答える人が多いそうです。心理学者の加藤諦三氏はそれについてこうおっしゃっています。

社会というものが、ひとつの大きな目標に向かって統合されている時は、その集団の成員は、集団への帰属意識を持っているからであろう。国家と自分との間の一体感が成り立ち、その国家への献身によって満足を得ている。国は、「我々の国」であり、会社は「我々の会社」であり、自分自身はひとつの意味を持っている。ところが、経済的発展というひとつの大きな目標によって社会が統合させていた時代をすぎ、社会全体としての目標を持たなくなった時、連帯感、帰属意識というものにおいて、大きな変化が起きた。


現代、目標を見失い、自分が楽しいことはなんなのか、自分が何をしたら良いのか、何をしたら幸せなのか。という悩みを抱える若者が多いと言われています。それは豊かさを当たり前のように感じる国にいて、努力をせずとも豊かの中に浸かっている状態である以上、そこに次の楽しさを見つけて努力するというのは少し力がいるのかもしれません。しかし、物質的な豊かさだけが生きる目的ではなく、心の豊かさや、世の中に貢献することに目的を見出していくことも重要になってくるでしょう。


子どもたちには、様々な体験を通じて、夏休みにはぜひ普段できない体験を通じて、自分は何に向いているのか、自分は何をしているときが楽しいのか、そうやって、自分の内側にある意欲に耳を傾けて、生きがいを持ってたくましく生きて欲しいと願います。

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