力の足らずに非ず、すなわち学習も専らざるの致す所なり

吉田松陰先生がこんな言葉を残しています。


「力の足らずに非ず、すなわち学習も専らざるの致す所なり。」

学力が足らないのではありませんよ。

学習をしていないことが学力が不足していること招いているのですよ。


人は自分の過ちや、自分の不足な点を悲しんだり、憂いたりします。


でも、実はその不足な所というのは嘆き、悲しんだり、人のせいにしたりしても何の解決にもなることはありません。


みんなそれぞれ不足な点があり、至らない点ばかりです。


だからこそ、その不足な点は、将来の伸びシロの部分なわけですから、

不足な点が見つかったら、

「よし、自分の不足な点が見つかったから向上させよう。」

「よし、自分の至らない点が見つかって良かった」


ただただ、その一点しかありません。

その不足な点に目を向けず、不足を憂い、時間をおいたり、気にしていないフリをしてフタを締めて、一瞬は気分が良くなります。

でも、また、同じ問題に出くわした時、やっぱり不足な点が自分を悩ませます。


空手でも負けたら、自分が弱いのです。

「相手が強いんだ!」

なんて言い訳は通用しないわけです。


それは仕事や、人生においえも同じことが言えるのではないでしょうか。


花を咲かせるには、種を蒔くしか方法はありません。

種をまかずして、

「何で私には花が咲かないんだ」といくら叫んでも解決しません。


悩んで、悔やんで、人のせいにしたりせず、

ただ単純に「学んでいけばいいんだ」と前向きに、楽みながら、

至らない点を受け入れていければ素晴らしいと思います。


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